696キキキキ

696クロウサが綴る 696の世界

第11 ドンノーバット

大阪 貝塚駅から程近く、海塚とは南海本線を挟んで反対側の商店街。

町の名前でも分かる様に、港町。

 

灰色と黒のマーブルで美しい雲がモクモクと分厚く渦巻き、海からの風も少し湿度を増して、暗く ねっとり この路地裏にまで覆いかぶさってきた。

元は 赤だったろう文字が、オレンジ色にまで褪せたお好み焼き屋の暖簾も、少し はためき始めた。

 

店内の客は二人。

カウンターの中には、物静かな夫婦。

 

ランドセルを隣の椅子に載せ、独りでお好みを焼いている少女。

その女の子が何かを感じ取る様に、ふと 外へ目を向けると 途端に土砂降りの雨が降り始めた。

「雪やったらええのに…」

 

はす向かいのテーブルの男も独り お好みを焼いていた。

女の子の小さな呟きに顔を向けると、着ているヨレたシャツの破れた穴に気付く。

男の視線に気づいて、照れ笑いをする少女の口元にバッチリ青のり。

…まだひと口しか食べてないのに。

慌てて 大袈裟に笑顔を返す男の歯にも、しっかりと青のり。

この店のウリは、山盛りの青のり。

 

風雨はだいぶ強くなってきた。

 

男は、マヨネーズで ”おたんじょうびおめでとう” と描かれた女の子のお好み焼きに目が留まり、思わず目を伏せ、見てないフリをしてしまった。

 

(両親は…遅くまで仕事かな。誕生日かぁ… その上、今夜は… いや、他所の家庭事情を詮索するのはやめよう。 知らない子だし…)

 

力尽くで目線を外に向けた男は、何となく自分の意識が、今の暗い雲の様に暖簾の向こうへ流れ出すのを感じる。

 

暗い通りを見つめ、単身赴任で郷里に残した家族を思い浮かべる。

 

今日はクリスマスイヴ

小さなケーキの前に優しい妻と愛おしい娘が佇む。寂しそうな二人。

 

『俺は何やってんだ…』 

少女よりも小さな声で呟いた。

 

(豊かな暮らし?出世? 娘は成長する …毎日 …今日も。たまに顔を見て、何を伝えたら良いんだ? …こんなとこで、どうやって家族を守るんだよ?こんなに離れて…バカバカしい。 側に居たい。 一緒に過ごしたい。) 

 

 

男は静かに席を立ち、店員に声を掛け、暖簾をくぐり 雨の中へ走り出した。

  

彼は、思わず苦笑しながら走った。

彼は、自分が優秀なシークレットエージェントにでもなった様な気分で突っ走った。 

国を動かす様な、世界の危機を救う様な、世紀のミッション。。

「ああそうだ!」「これこそ、MI6本部から派遣されたサポーターの俺の仕事だぜ!」

 

デパートに飛び込みエスカレーターを駆けあがり、思いつくまま選んだものをレジにつき出し、踵を返す。

何だ、この足取りの軽さは!

 

通りの向こうに見つけたケーキ売りのサンタクロースに交渉し、一緒に走って店まで戻り、ビニールに包んだ荷物とケーキ代を渡し、息切れするサンタの背中をお好み焼き屋に押し込み、深く一礼して、男はまた一人走り出した。

 

外の雨は、止んでいた。

 

 

 

 

空港に着いた男は、まだ当分戻れないはずの 我が家 に帰る為に、チケットを買った。 

思わず、人混みの中でガッツポーズをしてしまっていた。

『俺は何やってんだ』と笑った。

 

 

 

 

 

真冬の雨の日 

 

裸足に汚れたズックで独り、お好み を食べる少女。

 

今朝、すこし悲し気な笑顔のお父さんから小銭を渡された。

少女は いつもの様に いや、いつも以上の元気を出して「さんきゅー」と言いながら受け取った。

 

今日は、お誕生日。

いつものお好み焼き屋さんで、いつもの様にお父さんを待つ。

 

 

あ! サンタさんが!  お好み… 食べに来たの?

 

と 思ったら、

「ホッホー ココニ居タノカ オ嬢チャン メリークリスマス」と笑いながらプレゼントを渡してくれた。

お好み焼き屋さんのおじさんとおばさんも顔を見合わせてニコニコしていた。

男から受け取ったケーキ代を、最近贔屓にしているこのお好み焼き屋にそっと手渡したデラバンも、白い付けヒゲの下で笑った。

 

 

 

 

暖簾も片づけられ、閉店間際になって やっと迎えに来たおとうさんは、少女の前に置かれたプレゼントを見て驚いた。

満面笑顔の少女と店員から話を聞いて、思わず外に走り出て辺りを見回した。 

 

 

雨は止んだのに、 拭っても  拭っても  止まらない涙。

 

 

空を見上げると、

 

星が見えていた。

 

 

 

店内では、お好み焼き屋夫婦に挟まれて、娘がプレゼントを開けていた。

ビショビショでクシャクシャなビニール袋の中には、

きれいな愛らしいシャツと、サイズは随分大きいけれどカワイイ靴が箱にあった。

「サンタさんはケーキもくれたんよ!」少女は嬉しそうにお父さんの手を握る。

 

3人で娘にハッピーバースデイを歌った。4人でケーキを頂いた。

こんなに美味しいケーキは、 みんな、 初めてだと思った。

3人は、必死に涙を抑えて 笑った。 

 

 

 

少女は家に帰ると、サンタさんありがとう と絵を描いて壁に飾った。

『おとうさんだいすき』と書かれたお父さんの似顔絵と、

『おかあさんありがとう』と書かれた 亡き母の似顔絵の横に。

 

 

 

 

 

おおきに。