696キキキキ

696クロウサが綴る 696の世界

第12 忝イ

右目の痛み。

日課の様だった。

義務を先送りにしている様な、与えられた時間をいたずらに費やしてる様な、卑屈な罪悪感を伴う、瞬間の閃光。

 

 

家に付けられた名に意味はない。

絶大で巨大で膨大で尊大で軽々しく矮小に張り巡らされた財閥の罪罰的血筋。

消せないものを消そうと躍起になって縛られるよりも、視野と意識を解放した。

罪と罰の惨めな気持ちも放棄してみると、案外 冷静に、呑気になれた。

ニュースで見た悲惨な人達と自分を比べて安堵する様な、卑しい己の弱さを否定できなかったのもあるが、その惨状の戦場で遊ぶ子供達の笑顔と 惨めたらしい自分の顔を見比べた時に、完膚なきまでに 私の有り難い立場を思い知った。

そうして、自分の名前に意味を見い出した。 

 

 

くだらない私が 愚かな私に、見つけた 生きる意味。

 

 

 

以前は、この家の姓からも逃げたいと思い続けていた。 

(いや氏か 名字か 今居る、ココでは同じ意味だったな。)

母の妹はこの名前のもたらすものに耐えられず命を絶った。

世にも盛大な結婚式の、僅か7か月後だった

母は、幸せそうな披露宴中に何度か垣間見せた妹の不安そうな顔を覚えているらしい。

様々な国の首脳や 様々な世界のトップが顔を並べた派手やかなパーティで、

お相手はとてもハンサムでスマートで優しい男だったという。

結婚して間もなく、突如始まった世界的な株の大暴落までは…。

よくある話しだ。

 

 

 

私の幼い頃は、いつも 周りに笑顔があふれていた。

何をしても… いや 時には何もしなくても盛大な拍手が起こる事さえあった。

まぁそれは 国へ帰れば今でもそうだが。

 

私は、そんな違和感に満ちた家から離れる機会を探していて、

大学に入れば他国に留学できると知った。

当然 この家の息がかかった場所ではあったけれど。

 

そうして、

 

日本に来た。 今居る、ココだ。

かつての敵国 今は同盟国 クールな印象の国 …冷静さ のクール。

 

 

共に寮で暮らす仲間の優秀さは驚くばかりだった。

ココの古い言い回しでは、驚くことを「ハトガマメデッポウヲクラウ」というそうだ。

しかし、更に面食らったのは 彼らの謙虚さである。

決して威張らない 全く自慢というものをしない。

さながら、少しでも自分を飾り大きく見せようとする事を卑しいと信じている様に だ。

私の国で噂に聞いていた島国の卑屈さなど彼らの何処にもない。

むしろ、己を律し 頭を垂れる姿には芯の強さを感じる。

当然、何かと目立つ余所者の私に対しても、尊大ではなく 臆する事もない。

 

これが日本の強さなのか…

 

大学の女子の中にはシャイで目を伏せる子もいるが、いざ 学問の話をすれば男勝りに篤い。

そういえば、食堂のおばさん達も 片言ではあるが会うたびに私の国の言葉で語りかけてくれる。

(因みに この国の文字は カタカナ ひらがな 漢字 ローマ字 と、4種類が日常使用され 非常に美しく学び甲斐がある)

 

 

自分の無知を恥じた。 己の浅はかさに 面食らった。

いくら世間知らずとはいえ、どこかの国の人が皆卑屈だなんて事などあるはずないのに…私の国の人々も様々…私の家族でさえ…。

世界の街では どこでも恐ろしい事件が起こるし、心温まる慈愛などもあるじゃないか。

少し環境を変えるだけで、目線を移すだけで、分かってたはずの(当たり前)が見えた。

この国に来て、そんなことに気付いた。

あと、自転車に乗った日の翌日は、何故か右目の痛みが無くなってた事にも気付いた。

 

 

夏休み、郷里に帰らず この国を旅した。

もっとこの国を知り、学びたいと思った。

 

2人の仲間と2人の身辺警護人との 5人旅。

自転車で…の計画は やはり身の程知らずなワガママだった様で、諫められ 諦めた。

とはいえ、たまには その地方のレンタルサイクルで町を巡った。

警護の方々はとても気遣いの優れたスペシャリストで、2人の友人も直ぐに気兼ねなく旅を楽しんでくれていた。

日本の田舎は 私の国の田舎同様、何もかもが素晴らしい。

 

 

旅のある晩、「ナイロンって名の語源知っているか?」と友人に訊かれた。

「Now You Lousy On Nipponese つまり 古い日本製品はもうだめだ っていう皮肉で付けられたという説があるんだよ それまでは日本のキヌが世界中で重宝されてたのさ」

彼がなぜこの話をしたのか深く考えたくはなかったが、思慮深い彼の事だから 田舎の風景に見蕩れて呑気に旅を続ける私に 少しだけ 忘れてはならない心構えを促してくれたのだと捉えた。

 

ココロガマエ

 

この国の武道に 剣道 というものがる 文字通り 剣の道

この国の教えの基になるものに 武士道 というものがある サムライの道

 

宗教を基盤として道徳を為す国が多いが 騎士道も尊い教えになるが、

この国のブシドウには 非常に美しい構えがある

慎ましく 謹ましい 覚悟 の姿勢。

恕の精神。

 

 

ホンシュウの西端の町道場で見た剣道の構えは まさに、雷を放つ前の雲の様に静かで恐ろしいまでのエネルギーの塊だった。

私の国のスポーツにも、似た様な集中力を発するものが有るのだろうか。

武道とスポーツは違うと言われている様だが、この町道場の先生は「スポーツでも勉学でも遊びでも、全ては同じ事でしょう」と言われるのだった。

「武道という言葉や歴史にひれ伏したり、その威光を頼みにして威圧的に傲慢に振る舞うのは、何者にも劣る弱々しい行為でしょうな。」 と。

 

 

その先生のお薦めで、一風変わったお店にも行ってみた。

6 9 6 という看板… 洋服屋。

先生が子供達の試合を応援に行く際に着るという、可愛い鳥がプリントされたシャツを作った店らしい。

店内に入ると、来た事がある様な不思議な親しみを感じた。

その上階にも何やら店がある様で、覗いてみた。

入り口の横に攻撃的な汚い言葉が書かれている。護衛が 静かに 前後に就く。

 

入ってみると、ただの、おかしな美容室だった。

道場の子供達の坊主頭がカッコ好く思えたので、私もバッサリ切ってもらう事にした。

ほぼ無言のまま じっくりと髪を切ってもらって、「学生 旅 途中 1000円 大丈夫 〇△☐、もう大丈夫」。

非常に聞き取りにくい言葉だった。

(この人、これじゃぁきっと日本語も下手だろうな)

 

その日から 自転車に乗らない日が続いても、右目は痛まなくなった。

 

 

 

素晴らしい旅だった。友に感謝し、警護の2人とも、この旅で友人になった。

親切で素敵で楽しい人々から、本当に沢山の刺激を戴いた。

刺激の学びは、私自身の内面を見せつけたけれど、それを 許してくれた様に感じた。

私は 誰でも無く 私なのだ。 

 

 

 

私の父は、曾祖父からの教えを守り 私に『使い』の名前をつけた。

神の世界を習って戴いた名前。

以前の私は、自分の姓名を いつの頃からか他人の名の様に感じていた。

 

この国で、ワビサビを学び 心からの謙虚な振る舞いに畏れ 我が国の美しさを思い起こし 我が身を見返り 我が身の儚さと ココに居る有り難さを憶えた。

 

 

ミカエル ミッシェル ミゲル ミカ ミケーレ マイケル ミハイル

友人によれば、日本にも縁の有る名前らしい。

Catholicに於いては この日本の守護神はMichaelだったという。

 

 

ニュースで見た悲惨な人々を思い出す。

 

民主主義 共産主義 社会主義 国粋主義 資本主義 民族主義 原理主義

どの主義にも 人間という正義と悪魔が棲みついて離れないのならば、

私が戦うべキは

私が守るべキは

私が壊すべキは

私が創るべキは

 

 

そして今ココで

私が為したい事を

見つけた。

 

私のものではない 私の力 を使おう。

 

始めよう 今。

 

 

 

 

 

コウジンノイタリ