696キキキキ

696クロウサが綴る 696の世界

第 21 JELLYフィッシュMEN

学生のうちに気付けなかった事が 幸か不幸か などと言いたいのでは無いけれども、

学生のうちにいわゆる 学生の本分 を捨てたのはあの時の私の意志ではあった。

 

 

(ミカエルの髪を切った。

道場の飛べる先生が紹介してくれたらしい。

2階のボクの店は、とても奇妙な美容室。

1階は 696という洋服屋さんで、クロウサが棲んでいて 飛べる先生のお気に入りの店。

今日は、ボクこと アホ美容師が、これらの店の来歴を お話しする。)

 

 

 

『授業中』はずっと絵空事を追いかけていた。

小学生の頃は「ボクも結婚できるのかなぁ」とか思っていたし、中学の頃は校内での権力闘争を勝ち抜く術ばかり考えていたし、工業高校時代は最早大いなる希望は失い「せめて、こき使われない様になりたい」という考えから思いついた(美容師)という職業選択に思いを馳せる毎日だった…まぁ、いつか独立できるだろうという自由への安直な夢想での授業放棄の暇つぶし。

 

教師の言葉など全く聞く耳持たず、小学はほぼ妄想世界を過ごしていたが、それでもテストは大体100点だった。中学高校の6年間は睡眠時間に費やされ、中学では答案用紙を紙吹雪化させて試験終了時間に教室の空中に舞わせるアホに成り下がり、ギリ入れた県立工業高校では全教科ほとんど一桁の赤点出血多量状態だった。そのせいか、大人になった今でも貧血気味だ。

学校帰りにバイト先へ行き、家に帰れば友達が集まり そうでない時は友人の部屋か近所の公園や海岸なんかで朝まで激論・エロ論・たまに良い話なんかしていた。

なので、授業が始まると自然に幻が浮かび 夢が始まり、4時限目が終わるとクラスメイトが起こしてくれるのでムニャムニャ昼メシ。もちろん、5・6時限も快眠。

 

完全に学校の勉強~すなわち学力と学歴~によって得られる『将来』なんてものは(根拠の無い奴隷の理論=嘘)だと決めつけていた。その方が気分的に楽だったのもある。

愚かな単純馬鹿の弱い理論だけれど、その(嘘)を見抜いてる気になって 裏をかいてやろうと目論んでさえいた。

学校の持つ・教師の放つ、信仰心の如き「一般の価値観による能力至上主義」的な成績順(もしくはPTAの影響力順)での生徒への微笑ましい愛想格差を日々感じさせて戴いていたので、その手続きの晴れで淀みきった空気に溺れて呼吸困難で死なない様に”別世界”を探して黒板から目を背けてしまって、故に 妄想からの安らかなハルシオン要らずだった。

学生当時はこんな具合に学問への感謝心など皆無で、教育システムに対しては敵意の塊だったという事。

 

 

ずっと 仮面ライダーになりたかったのに、先生はショッカーばかりだった。

一生懸命何かをすると、いつも寄ってたかって叱られ怒られていた。

小学6年生のある日、担任教師から「丁寧に掃除をし過ぎだ」という見事な理由で、クラスメート全員の前で文字通りボコボコにされた。もっといえば1年生の頃から何度も教師の暴力を受けてきたお陰様もあって、大人の曳くレールから素直に外れる決意が出来た。ヒーローへの夢や、悲しくならない生き方など、色々あきらめたくなかったので、小学卒業の日に教師という生きものとの決別を誓った。

今思えばこのクソ教師共には感謝できるね。法が許すなら迷わず眉間を撃てるほどに。

 

 

中学からの放課後は、学校で売る商品の仕入れに奔走した。

レールに乗れない将来を見越して、爪に火を灯す様に万引きをした。ごめんなさい。

当時はやはり文房具が売れ線で、ペッカーのシャーペンやゼブラのシャーボなんて全生徒垂涎の的。貧乏な子には馬鹿みたいに安く売った。そして 当時ナンバーワン人気アイテムのミッキーマウスデジタル腕時計は予約制でかなり良い金になった。

もちろん、合法的な資本主義経済システムにも則って、雨の日も嵐の日も朝晩新聞配達・チラシ配りの365日。ゲーセンでお小遣いを捨て続けるヤツラの平和な顔と危機感を表さない豪胆さを卑屈にも羨ましく思うアホだった。

 

高校に入ると部活も商売の窓口で、その頃は化粧品が強かった。

タクティクスのコロンが大人気だったが、リッチなやつにはポーチュガルやアラミスの香水を捌いた。

当然 そんなセコい事で得た知恵も稼いだ金もコロンの香りより早く臭く胡(雲)散霧消したけれど… ほんとに。

 

 

 

学校の何がどう役に立つのかを説明できる大人が周りに居なかった。

勉学の意味や意義を伝える人に出会わなかった。

部活動への好奇心なんて全く湧かなかった。

全部「洗脳」か「罰」みたいな気がしていた。

大人達がただ安心したい為だけに仕掛けた「罠」もしくは「強制労働」だ。

私の両親は優しい人達だったが、ガキの私には自由から学ぶチカラが無かった。 

圧倒的な権力や腕力や理屈に対抗する術を身につける為の、孤独な工夫ばかり考える様になっていた。

 

 

気づけば、自分も大人になっていた。

 

 

美容師を続け、美容室を経営し続けていると、自然に勉強の意義に気付かされた。

たかが個人商店だけれど、何もかもが漠然としていて経営の初歩も基本も知らずに、入って来るお金を持て余して、ご多分に漏れず、色々狂いだしたので焦って学んだ。

 

最初は的外れな本も沢山読んだけれど、そのうち 学問の便利さにも行き当たった。

 

学生の頃、真面目に勉強してた連中はこんな事知ってるのだろうか?と訝った。

 

何年か独学してゆくと、経済学の面白さを感じたが、同時に資本主義経済偏重社会のアホらしさにも気づかされた。というか、アホが 勝手にそう思った。

 

…バランス。

若人の諸君、大人だって、正解を知る人は居ないのに、高校生くらいで確信になんて辿り着いた気になると、ヤバい極地に行っちゃうだろうから 精々気をつけな とか言いたい。

 

金でも 美貌でも 腕力知力でも、

どんな力でも「これさえあれば」ってのは全部バランスを欠いて沈む船の舵取り。

 

 

夢にも色々あって、まぁボクの夢は余りにもショボイけれど、老いてまだ少し広がる。

成功者と呼ばれる連中の中には「安易に夢や努力を信じるな」なんて語る人もいるけれど、まぁ彼等もその言葉の奥に色々あるのだろうけれど、それこそ そんな言葉を安易に鵜呑みにして旅の計画も準備もせず、覚悟の小さな一歩さえ蔑んでしまう、受け身な大人達に気をつけないと 夢は腐って 心は塵芥…。

 

「現実を見ろ」、まぁ、そうですね。

 

無邪気な子供の夢を打ち消し、素振りをやめて机に向かえという愛。

まぁ

目先の成績や結果しか見れないと、遠くに届く夢や努力の可能性なんか微塵も信じられるわけない。その助言のもたらす将来の結果は、愛とは関係ない。

 

 

現実とは何だろう。

 

ボクは思う。アホは思う。

学生の、学校での可能性を否定してた大馬鹿者が、這いずり回って生きてきて、今 思う。 

現実とは、

混沌と 収斂と 素振りと 試合と 後悔と 自己嫌悪と 一筋の光と 僥倖と 感謝と 諦めと 安心と 楽し恥ずかしい祝勝 or 残念会の後の寂しさ なのではないか と。

 

 

寝不足の学生時代には その当時ならではの試行錯誤な企みがあった。

社会に出てからも そのタクラミが功と不幸を奏したりで、人知れず涙も流したが、

そのおかげで「罠」を笑うチカラも身についた。

その力で、道なき未知の壁を恥ずかしく楽しんで、

食べ過ぎ 飲み過ぎ 屁のツッパリ過ぎ に漢方胃腸薬で対処して、

新しい絵空事と、

昔から好きな、良い話のオチ を体現するべく

「ライダァーーッ 屁ーーん身ッ! トォーーーーっ!!」。

 

 

誰もが色々な事を言うし、言葉みたいに曖昧なモノは無いから、

自分で学び

自分をも騙し

嘘にさえ感謝し

積み重ね取り崩し混ぜ合わせ撒き散らす 己 の、 

死ぬまで続き 死後も続く 物語の毎日を楽しく遊ぼう。

 

言葉に騙されず、自分の物語を信じよう。

 

 

 

 

高校の進路指導は無視して、近所の美容室に飛び込んだ高3の冬。

修行7年目で、内装も接客もデタラメなお店を開いたのです。

ぷかぷかクラゲの様に漂い、

この世をじぃっと見ていて、

素敵な人々と出会って、

素敵な人々に去られて、

696を始めて

クロウサが現れて

C6gwを作って、

 

感謝を 感じ始めました。

でもまだまだ、まだまだまだまだ、浅いところを浮いているだけです。

 

 

もう少し、この世界が楽しくなる様に、ボクらのお店も進みます。

 

うん、大雑把にも程がある… 来歴でしたね ごめんなさい。

 

 

さて、次回の696キキキキは、いよいよ動き出したミカエルの大作戦~。

兎に角楽しい命がけのゲームを、我らがピンウサのレポートでお伝え致しますので乞うご期待です。

 

 

では、ボクはとりあえず、残高不足で未払いだった電気料金を払いに行って来ます。

 

 

 

 

 

Reflection