696キキキキ

696クロウサが綴る 696の世界

第 28 ベダンクトゥウェー

(出来損ないから 全てが始まる。 そんな風に考えてみた)と アレックスは言う。

 

あるばは、何故か落ち着く彼の部屋で、話しの続きを聴いている。

 

どん底の瓦礫を掘って、滲み出た泥水に頭を突っ込んだ様な真っ暗な気持ちで長い間トボトボ歩いてたら、やっぱ ふと気づくもんですよ。世間の素の姿に。勝手に落ち込んで、悲劇に酔ってる自分。酔いに漂いながら、自分以外の他の人達は(死を宣告されるほどの恐怖も絶望も無いから呑気に生きている)などと思ってたのは、大きな間違いだったって事に気づきました。』

 

『例えば、体力漲るスポーツマンも 学問に突き進む人達も 友達が多い人気者も 趣味に陶酔する者も 至極平凡に見える人も、皆 酷く落胆したり 何かにホッとしたり 無暗に恐れたり 調子にのったり怪我したり…山あり谷ありの繰り返しが日常だとう普通の現実に トボトボと 少しずつ近づいて来たんです』

 

『心が動いて… なのに それを 誤魔化してた』

 

 

『経済ってのも 心理的な影響で動くらしいですね サブリミナルではないにせよ、CMも欲望を駆り立てる心理作戦ですし』

 

『情報は、大抵自分に都合よく受け取り 思い込み 偏り、ものの値打ちも人それぞれだからその差は… 幸せの定義も』

 

 

『もし 誰かに殴られた時に 殴り返すのが正義で、泣き寝入りするのが弱虫で、逃げるのは卑怯者だと信じる人。』

『なりたいモノに成れなくても お金持ちになれれば良いと思う人』

『どうせなら他人より良い暮らしをしたいと考える人』

 

 

『例えば 授業中に せんせーウンコして来まーす と平気に宣言する子供』

『例えば いつも最後まで直向きに縁の下に居るお人好し』

『例えば 殴られた時に ”有り難う 目が覚めたよ” と心から感謝する人 …そんなヤツいるのか? という疑問には 答えても意味ないけど 確かに居る。 』

 

 

『感覚や心情はそれぞれ な筈なのに ”それ” や ”ぞれ” に嫌悪したり憧れたり。』

 

 

 

 

数日が過ぎた。

 

アレックスの話しは、いつまでも、とても平凡でありふれた人間の、日常の姿だった。

 

日常が絶望の人

日常が欲望の人

日常が戦場の人

日常が劣情の人

日常が無情の人

日常がヒーローの人

日常が嘘まみれの人

日常が幸せいっぱいの人

日常がまぁまぁの人

日常が何なのか考えた事の無い人 考えたくもない人

 

色んな人 で 社会は出来てる。

社会なんてものは、意識しなければ見えない星座の様なもの もしくは錯覚…。

 

絶望であろうが 欲望であろうが 劣情であろうか 無情であろうが 後の4つでも、

それを意識し、そこに留まるから その影響を受ける。

 

ヒーローでも 嘘でも 幸せでも まぁまぁでも 考えなくても 先の4つでも、

楽しめたり 嫌がらないなら 受け入れても笑える という事かな。

 

 

あるばは、アレックスの話しを噛み締め 己のフィルターに透しながら 訊いた。

 

「アレックスさん、あなたは どう動きますか」

「あなたのその動きで、何を動かしますか」

「こちらの世界で こちらの時間で、あなたは あなたの日常を、何に使いますか。」

 

『俺は何も動かさず使いません。俺の名前はアレックスで、名前の意味は”守る人”です。だからって訳でもないんですが 貰った名前にあやかって、何かを動かすのではなく 様々な動きを そして、その動きの影響が出る先を 様々な暴力から守ろうと思います。』

『もちろん、暴力を放つ側も守ります。激しい心の動きがあれば、その強い波を”和”を作る為のエネルギーに整える…いわば ダイオードや防波堤のイメージとして…ですかね。』

 

『生きている人も 死んでしまった後の人も、その多くは 心のよりどころが不安定だから、何かに重きを置いて 何かを股に保険をかけて もしくは意識を調整して、目先の安定をはかりながら日々を過ごしてます』

『その重さが酷く傾いた時や ”本来の目的”より”目標”の魅力に目がくらみ、自我さえ投げ出してしまった時、その場所に 悲しい劇が幕を開けます』

 

『俺、標準語になってるでしょ』 

『実は あるばさんに会って、あなたの決意を前にして色々語るうちに ふと思い至りました。長崎弁は楽しいので大好きですが、俺も もぅ 物真似方言で自分の気持ちを薄めるのは止めにしました。長崎弁は楽しい時に自然に出せれば好いかなって… もう少ししたら また 声を聴かせられますよ。』

 

アレックスは 既に 動けない身体になっていた。

ベッドの上で、声の出る文字盤を使う ゆったりとした会話は続く。

 

『兎に角 あと少し 心身を大切に整え 方言も柔軟さも 愚かさや楽しさも含めたこの世のあらゆるものから学び感謝し 来たるその時に備えます』

 

 

あるばも、無意識に語り出していた。

 

「わたしの仕事はソロバンという…はい、実物がコレですが、コチラではアバカスと呼ぶ知育玩具らしいですね。この電源の要らないデジタルな計算機を使う塾の講師でした」

「”ご破算に願いましては” という掛け声で、一度、無の状態から精神を集中して数字を追います」

 「今まで数えてきたものをすべて無しにして、新しい計算の準備をする という意味の掛け声です。要するに計算機上も脳内も白紙に戻すということですね」

 

「多感な年齢で 死を宣告される事以上の恐怖と悲しみは無いでしょうね。その事を自身に置き換えて想像するだけで、何よりの絶望を測り知れる様で…。」

 

「なぜ わたしがあなたのお手伝いをしようと決めたのか分かりますか?」

 

『はい 俺が アホだからでしょ』 

 

「御明算」

 

『? ゴメイサン?』

 

「ヘットスパイトメ… ごめいさん は 正解 みたいな意味です」

 

「偶然ですが わたしはアホという言葉がなぜか好きなんです。わたしがその言葉にもつイメージは、あなたの様に色々諦めて、人間の3大欲求にまで目を背け続けてきたのに、人類の最大最強な快楽を手にしてしまっている状態の”素敵な滑稽さ”なんです」

 

『えっ?』

 

「アホだから手に入れられた喜びみたいな事かな」

「それは、誰かの力になる という 文字通り無私の精神が宿す崇高さです。自己犠牲のカタルシスではなく…です。

マトモな人間は中々辿り着けず、たとえ知っていてもほぼ見つけられない領域です。」

「ありのままで あるがままに成れたアホに授けられた、アホらしく幸せな仕事です。」

「これは完全なウケウリですが、人間の脳みそが感じる快楽は、大体そんな風に得られるものらしいですよ。

前頭葉だか何だかに表われる電気信号か何かの値で分かるそうで、他のどんな快楽よりも 人間の脳は”誰かに喜ばれた時”に最大の快楽物質が溢れるそうなんです」

 

『へえ~っ…』

 

「あ、でもわたしは何もその難解な科学的見地に於いて判断…ていうか決断したのではなくて、単に わたしの様なただの凡人にも 素晴らしいと誇れる事が出来るのかもしれないな いや きっと出来るな。 という暗算をしちゃったからなんです」

「さっき、電源のいらないデジタル計算機って言ったけど、ソロバンを修得すると、ソロバン自体が要らなくなるんですよ。脳が優れた計算機になっちゃうんです。それを、暗算と言います。丁度 あなたが、無意識に良い人であれる様に、もしくは、その身体をこの世に置き去りにしても大丈夫な存在になる みたいな感じなのかな…」

 

「だから、アレックスさんに会って 解りました」

「とてつもない辛苦の果てに修得し辿り着いたアホの境地~ヘットスパ…アハハ ごめんなさい」

(そうだ わたしが アルベリヒに会って アレックスさんの話しを聞いた時に、もしや… と思った事の答え)

 

「ものすごいふつうの人 は 誰でも ものすごくすばらしい人、なんですね。」

「だから、…わたしも。」

 

『アッハハ 御明算』

 

 

 

 

 

 

 

ハルテレク