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696クロウサが綴る 696の世界

第 38 Restoration

カナダから帰国する機内。

三浦は、日本国首相として「この危機に飛び込むか、逃げるか」の二択に迫られていた。

 

 

安斎は、この数年、仲間の運動家達と、世界的な右傾化にも現れている民主政治の危険な偏りに警鐘を鳴らし、デモ集会や様々なメディアで、市民の政治への冷静な判断を促してきた。今日もこれから、著名人や学者や国会議員も多数参加して行われるイベントに呼ばれ、スピーチをする予定だ。

 

 

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世襲政治家

「俺は、まだ、この役を演じきれるだろうか。

経済危機、大災害、事故事件、身内の裏切りさえ、もはや大した脅威ではない。

敵は常に、隙無くあらゆる攻撃を仕掛けてくるが、俺の足元を揺るがせる程ものは もぅ己の弱気以外には、何も思いつかない。

俺みたいな弱虫には、鋭敏な警戒心と、周到な用意こそが命綱だ。」

「世界の今の姿 を、変えてやろうと思った。故に、我が国を弄る。

大学を出て、一時は企業に勤めもしたが、地盤の後継ぎを迫る父親の説得もあり、しかし、その(国を弄れる)という好奇心に抗えず、この役を演じる覚悟をした。

とはいえ、表では色々語りもするが、別に今の日本を憂いている訳ではない。

勿論、日本を進化させたいし、幸か不幸か そのゲームが出来る環境に居る己を過剰に意識しているのは認める。

そして、それ以前に俺は知っている。

俺は、この役を演じる事でのみ存在出来るという現実を。

それが出来なければ、妻からも 子供達からも、見放される。

俺の家 俺の閥族 俺の血縁 俺の身寄り…。

だから、『家』の持つ力で、日本中に血管の様に張り巡らされたその影響力で、

俺の運命諸共 動かす。」

 

 

学生。

「どう考えてもおかしいじゃないか。文明は進み、文化も開かれ成長した社会だ。人間は助け合い、分かり合い、慈しみ合える生きものだろう。なぜ武力に頼る。なぜ戦略ばかり謀る。なぜ罵り合う。なぜ勝ち誇る。なぜ見て見ぬ振りをする。一時的興奮や、感情的恐れで決めつけず、自分で考えて欲しい。誰かを、多くの人々を救えるチャンスだ。正しい民主主義を実現させれば、格差を無くし、公平な社会を作れば、人は争わないで済むはずだ。」

 

 

与党。

「この盤石な布陣は、ここ十数年は無い安定を我が党にもたらしている。
内閣閣僚人事のバランス感覚も、俺の得意な勘どころだろう。

イエスマンは居ない が、頭の悪い奴は居る。もちろん、絶対的で圧倒的な力関係の後ろ盾が条件なので、その者の不祥事や裏切りを恐れる必要も無い。」

 

 

団体。

アラブの春以降、チュニジアでの成功譚で盛り上がった、インターネットで繋げる 純粋な本物の民主的活動。この日本でも、貧富や学歴やジェンダーや肌の色などの様々な差別を憂う若者の団体が全国に勃興した。その勢いは、総選挙を迎えると、国会前を埋め尽くす数万の人と繋がり、僕らも驚くほど、ネット上をド派手に賑わせた。

毎夜、芸能人や法律家や野党の議員がマイクを持ち、勇ましく僕ら発起人の学生達を励まし、共に演説し、共に歌い、明け方には疲れた身体でゴミ拾いもしてくれた。」

 

 

危機。

「ンギャリアの情勢は徐々に世界へ飛び火し、様々な国で行われる核実験のニュースも珍しくなくなった。

大陸の国々は、こぞって国境に壁を建設した。

市民も、食料を買い占めた。

宗教で固まり 自治体で固まり 思想で固まり 誰もかれも、身も心も固まってしまった社会。

我が国でも、防衛のための軍をよこせと、各都道府県の議会が騒ぎ出していた。

この少し前から、夢枕に サヴロゥ と名乗る女性が立つ様になった。

俺の破廉恥な願望なのか分からないし、何があるわけでもないのだが…」

 

 

焦り。

「数年前には予想も出来なかった というか、近未来ドラマの様に楽しめていた空想も、今や現実的に見えている。

平和だったはずの国々も、未だ 大きな事件は起きていないけれど、誰もが戦々恐々と世界の情勢を見守っている。

僕らの集会も、以前の熱とは違う濃度の空気が満ちている。

(現内閣を倒さないと、この国も戦争に突入するぞ)という言葉が、ほとんど確実な事の様に叫ばれ出していた。」

「僕も、自分が焦っているのを感じる。何か出来ないか?何かしておかなければ大変な事になると、漠然と勘が働いている。きっと何か出来るはずだ。僕にも…今なら…。」

 

 

卑怯。

「世界連邦平和協議会が終り、東京の官邸に着いた時の事を思い出す。

日本の、いや、世界中の有力者たちから一斉に面会が申し込まれた。

俺は、体よく嘘を連ねて、それぞれの巨人たちとのスケジュールを組んだ。

想定していた事でもあったので、個人的な面会に及ばない様にする等、面倒な連中に関わる様な事で時間を無駄にしない調整も考えていた。

自室に入り、シナリオを練った。

金持ち外国人なんかにヤラレるわけにはいかない。恥をかかされるのは御免だ。俺は、この国の総理なんだ。」

 

 

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早朝、いつもの公園を走る三浦総理。

SPは8名 いつもより2人多い。

 

2周目に入ったところで、SPに連絡が入った。

迎えの車が直ぐに到着し、総理は SP2人と共に乗り込んだ。

 

乗車するなり、両脇のSPが総理の腕に手錠をはめた。総理は、声も出さず目を閉じた。

「拉致させて頂きます」

助手席の男が振り向き、素性を伝えた。 安斎だった。

 

 

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情熱。

「なんてことだ… 三浦さん、本気で言ってるのか…

それでもあんた、日本人か。そんなに首相の座が大事なのか。

家柄かなんか知らねぇけど、そんなクソみたいなもんに乗っかって…。」

 

 

命乞い。

「安斎君…だったね。 こんな事をして… 君は、やはり何にも… ふむ いや まぁそうだろうね。でも、もし、私を排除しても 殺したとしても、それじゃぁ 君は勝者にしかなれないよ。」

 

 

脅し。

「あんたが居なくなれば、みんな 目を覚ますんじゃないのか。他の大臣たちも、熱を帯びた自衛官たちも、恐れおののく民衆も、武器を捨てるんじゃないのか。なぁ 頼むよ、頼みます三浦総理大臣。戦争を出来ない国にしてくれよ。日本を、人殺しの国にしないでくださいよ。」

 

 

諦め。

「それは、出来ない。」

 

 

審判。

「そうか、じゃぁ 僕は あんたを殺すよ。僕らは、今のあんたを止める方法を、そうする事でしか実現させられないんだから。

あんたは、国民より、他人の命より、自分の椅子が大事なんだろう。自分の家系が、血筋が何よりなんだろう。

笑えるぜ、こんな人間を首相に持ち上げるなんてな。

まぁ 金持ち連中には、さぞ便利な男なんだろうな あんたは。」

 

 

共感。

「ふっ あっはは あっははははははは ふぁあーっーはっはっは。。

その通りだよ あっはっはっはは全くその通りなのさ。

私はね、安斎君、勉強も出来ないし、政治学もまるで知らない総理大臣なんだよ。  

だからねぇ 私がしているのは、演技なんだよ。あっはっは 全部、全て演技なのさ。

良い家柄の子を演じ、賢い子を演じ、我慢強く謙虚で優しい人間を演じて来ただけだ。

だから、この世界で生き残れた。頂点に来れた。

国民の為にわき目もふらず奮闘する連中は、わき目の怖さを知らない。

大衆の怖さも知らない。

君達の様な、篤く慈愛に満ち、幸せに向かい、幸せを信じる集団の怖さも知らない。

私も知らない が、演じながら 他の配役の動きを観察し、アドリブを利かす事は得意な様だ。」

 

 

 困惑。

「…何を言ってるんだ。 …まぁいい 最後に訊こう。あんたの最後の言葉になる事だ。

あんた、戦争をするのは仕方ない と考えるのか。日本が勝つ為なら…そうするのか。」

 

 

怒り。

「例えば俺がここで そうだ と言う。お前はそれを真に受けて俺を殺す。

人間社会とは、そんなくだらない事で動いてるんだよ。

分かるか。

人間は言葉を生みだして その言葉に騙されて破滅するんだ。

俺の言う そうだ の本心など誰にも分からない。

お前は、その そうだ に絶望して、引き金を引く人殺しになる。

平和の為に人を殺すんだ。何万人か殺せば、スターになれるよ。」

 

 

窮鼠。

「あんた、まさか…

総理、では こんな形でお願いも何も無いですが、アドバイスを貰えませんか。

僕らが、なぜこんな風に動いているのか、あなたなら推測出来ているのでしょう。

あなたが、今の僕サイドについてくれるとすれば、僕らが為したいことをサポートしてくれるとしたら、どう動きますか。」

 

 

兎に角。

「私は 今 総理として生きている、今の私にはそれしか出来ない。

私は、一国の長として相応しい人間ではないだろう。そんな人物ではない。

私は、何もかも半端にしか出来ず、誰からも信用される価値の無い男だ。

私には、何も出来ないんだ… 私という役を演じる事以外は。

 

そして、それは、どんな人間でも同じじゃないのか?

70億人を見てみろよ。

本物のスターなんて居ないぜ。みんな 人間なんだから。

 

君も、そうだろう。」

 

 

裏切り。

「やはり、あなたは、わざと 僕達に捕らえられたんですね。

僕達は、本物の銃を持っているんですよ。勢いあまって…いや、それも覚悟の上か。。

 

…それが、演じ切る という事なんでしょうね。

演じる というのは独りでは出来ない事。誰かが暴走しても、逆走しても、同じ舞台の上に居るなら、アドリブを利かし 素敵な物語にするしかない… んですね。

なるほど、好いアドバイスを頂きました。

 

然らば、僕は、僕の役を、僕の力で演じて 僕の理想の物語に導く様にします。

状況や境遇や、他人の動きばかりに腹を立てていては、僕の人生の主人公が霞んでしまいますよね。

ここに居る他の仲間は、僕が説得します。

どうぞ、お帰り下さい。

三浦総理、お会い出来て良かったです。

有り難う御座いました。」

 

 

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安斎は、この拉致作戦を、信頼できる数人だけで計画した。

共に立ち上がり、雨の中国会議事堂を睨み、居酒屋で酔いつぶれて肩を組んで歩いた 信頼する仲間。

緻密な計画は功を奏し、この国の首相を拉致監禁した。

 

もちろん、総理に手錠をかけた安斎の仲間が、三浦の配下だったのは言うまでもない。

あらゆる反対派や政治活動家の内部に、公安ではない 独自のスパイを送り込んでいる。

しかしながら、

若者が持っていた銃は本物だった。三浦の命令で、本物の弾も装填されていた。

当然、安斎達は 数発、覚悟の試し撃ちもしていた。

 

 

三浦の本心が(世の為 理想の為)だったのか、彼なりの(本望)を演出しようとしていたのかは不明だが、総理も、若者も、お互いの実演にアドリブ…を利かせる事には、何とか成功したのだった。

 

孤独に耐える三浦の頭を撫でる 夢の中の人形が居た。

 

安斎の傍らで歌を歌う 見えない天使達が居た。 

 

 

 

 

 

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