696キキキキ

696クロウサが綴る 696の世界

第 40 ヴィルコメン

「アレックス お帰りなさい」

あるばは、自分の頭を包む空気の層がフワフワと濃度を変え、その波動が全身を覆ってゆく様な錯覚を拭うべく、一歩踏み出して 幻を現実にする為に アレックスの手を取った。

 

 

 

あの日、ユトレヒトの自室で、それまで得たことの無い程の心地良い静かな眠気に身を委ね、安らかに意識を手放したアレックス。

どれくらい眠っていただろう。気が付けば、知らない街の見た事の無い風景の漁港の、古い建物に寄りかかっている姿で目を覚ましていた。

「振り出しに戻った… わけじゃないよな。」

自分の選択を、心に蘇らせる。

「自分の覚悟を持って挑んだ世界。これまでと同じではいけない。」

 

海風がゆるやかに眠気を醒まし、ゆるりと立ち上がって ゆっくりと歩き出した。

「ここ迄、俺一人で来たのか… いや、独りではなかったな。」

出会い、 意気投合し、支えてくれた二人を想い返す。

 

 

港を背にして少しゆくと、鉄道の駅に着いた。

何となく、ホームに上がり 停まっていたオレンジ色の電車に乗り込んだ。

建物の3階辺りになるホームの車窓からは、港の水面も見えていた。漁船は数隻。

この電車の乗客も疎ら。期待してたわけではないけれど、長崎弁とは違う言葉…の街の駅らしい。

 

北に向けて出発した単線の電車は美しい青の海岸線を走り続け、2時間ほどで寂しい終着駅に着く。

そこから単線は東に進路を向けた。

その終着駅から始発する電車に乗り換え、それを終電まで繰り返し、たまに町並みを巡り、数日間、そうして気の向くままに電車の旅を続けた。

聴こえてくる言葉も、少しずつ変化していた。

 

 

 

車窓からの景色に見蕩れていると、頭の中には何か別モノのイメージが通り過ぎて行く気がした。

誰かに導かれでもしている様で、素直に教えを乞いたくなる様な 大いなる感じの…。

何時間か同じ席で揺られながら無心でいると、不意にそのイメージを追いかけたくなって目を閉じたけれど、意識を探っても判然としない イーツ。列車の心地いい振動と音の世界に割り込む iets (何か)...。それは、自分の想像力とは思えないもので、何処かで得た映画や本などからの知見を超える様な、もちろん フラッシュバックした原体験でも無い筈の情報…。

 

例えば、線路と平行に続く砂浜の風景を眺めながら寝落ちして、こんな夢を見た。

 

100%の白い世界

息も出来ない秒速90メートルのブリザード

どんな生き物の生息も拒む、氷点下80℃の南極の大地

塩分のせいでマイナス2度をも下回る海水温度

一ヶ月以上も太陽が昇らない極夜。

しかし、

その強風は 海の氷山を蹴散らす事で湾内の海に日光を届け、氷山の下には育たない緑の海藻を豊かに育てる。氷の大地だけでは存在できない生き物たちは皆、その冷たい風や氷雪が作った海の環境からの恩恵で生きている。

世界一重い海水。南極低層水の冷たい流れは、赤道も越えて 遥か遠く北大西洋まで届き、地球一低い気温の南極の空気は、世界中の大気をその地へ吸い寄せる。要するに、世界の気候を左右する影響力を持っている。

極夜の暗闇に出現するオーロラは、この世のものとは思えない美しさを見せる。

南極の海底は、たかが40メートル程の所にアトランティス大陸・海底2万マイルの幻想的な世界を創っている。

 

 

またある時、下車した町の野宿の寝床で見た夢は、

 

茹だる様な湿地帯。南米 ギアナ高地

南極と同じく、いくつもの国に守られた自然の世界。

オランダの大都市アムステルダムロッテルダムがすっぽり収まる広さのテーブルマウンテンが100もある未開の地。

南極とは異なる生存競争の舞台で、やはり、その地形と気候による環境に応じるために様々な順化と進化を遂げた動植物が独特な生態系を作っている。

太古の、地殻と気候の変動で出来た 天然の姿 を残す地形には、その時に生じた水脈が現在も流れ続け、今の雨の通り道を奇妙な形で地表に出現させている。大雨の直後には、断崖絶壁の横穴から水が噴き出すのだ。

テーブルマウンテンに点在する、直径300メートルを超える巨大穴も、その地下水脈が作った極めて珍しい地形と生態系だ。

エンジェルフォールという世界一の落差を持つ滝は、膨大な水量にも関わらず1000メートルの落下の途中に霧になってしまう。

「…雲散霧消。昔の俺の様…」

 

自然の偶然は必然。

必然が生みだした 希少種。

人間にも、希少種が現れる必然があるのだろう。

 

 

 

電車の旅を終えた。

己の覚悟に、何らかの付帯すべき哲学を修める為の時間だった様な旅だった。

 

 

何処かの街に入り、川に架かる橋や 歩道橋や ビルの窓や お店の中で、色々な人々を見ていた。

「誰も、俺には気づかない様な… 見えてないのか?」

ふと、ショーウインドウで自分の姿を確かめてみた。

「確かに、居るな… いや、確か なんて言葉に意味は無いな。」

 

ポケットに手を突っ込んで、自分の存在を示す何かがそこに無いか探ってみたけど、空っぽ。どのポケットにも その隅っこにも 何も無い。

そう思うと、急に 喉が渇いた。

 

辺りを見回し、通りの向こうにあるコンビニを見つけ、その前に居る男に声を掛ける事にした。

「スミマセン、オレンジジュースを飲みたいのですが…」

 

背を向けていた男は、そのままの姿勢で 大きく深呼吸し 両腕を高く上げて、

「背後から 楽し気に声を掛けて来るなんて… まったく、恋人の待ち合わせかよ」

 

アルベリヒは手を上げたまま振り向き、アレックスを抱きしめて 笑いながら泣いた。

 

更に背後から現れた、アルベリヒの本当の恋人 あるば は、にこやかに抱擁を交わし背中を叩き合うその二人の腕を優しく包み、

 

「アレックス お帰りなさい。 オレンジジュースは、少し 待ってね。」

 

と、二人の頬にキスをした。

 

 

 

 

 

ビエンベニードデヌエボ